2020年5月6日水曜日

spotify shuffle my library April 30 2020

Grades etudes de Paganini,S141:No3 in
Gsharp minor     ~ Valentina Lisitsa
Crazy ~ Gnarls Barkley
The revelation will not be televised 
                  ~ Gilscott  Heron
ロビンソン (Robinson)
                 ~ スピッツ(Spitz)
Matty groves ~ Fairport convention
雪が降る町(yukiga-furu-Mati)
               ~ ユニコーン(unicorn)
Ballad of the sad young men
~ Chales LLoyd and the Marvels
Tomb of the unknown singer ~ Eric Burdon
I saw the light ~ Todd Rundgren

Glad to hear,  thank you

2010年12月17日金曜日

落ち葉

電車にて大学生の会話

「日本がアメリカと戦争したって知ってる?」

「それでどっちが勝ったの?」


86歳になる方にうかがった

「日本が勝てると思っていたのですか?」

「負けるなどおもってもみなかった。」

「二か月間、地雷箱を背負って、ほふく前進して戦車の下にもぐりこむ練習をして戦地にむかった。」


現在行われている 中東の自爆攻撃と同じことが、日本でもあった。

「死ぬことが怖いなどとは考えもしなかった、あたりまえのことだった。」そうだ。



「今は死ぬことがこわいですか?」とたずねると
「そりゃあ・・・」といって笑った。







2010年9月5日日曜日

能面のしたの顔

20年くらい前に脳波を測定して比較した番組で、思い出に残っているものがあります。
テレビや舞台の役者さんと、能を舞う役者さんを比較した番組でした。
樹希木林さんと、能のどなたかでした。

彼女はこのように言ってました。
演じているときに表情は泣いたり、笑ったり、怒ったりしていても、
心は冷静に状況判断している。
たしか脳波の起伏が少なかったようにおぼえてます。

一方能の場合、能面で顔の表情は読み取れないが、心のなかではしっかり感情を表現している
観る人にも伝わる。といった内容のことを話していた。
脳波の起伏は激しく大きかった

前の投稿で述べたように
日本の伝統ある〇〇道では我を消して、空を表現している。
色づけの無い宇宙現象そのものを表現しようとしている。

能では、あえて面をかぶり目に見える表情を隠し、内面の感情・我そのものを表現しようとしている。

これらは人間の内面を見抜いた、すばらしい日本文化ではないでしょうか。

文化の発祥起源は大陸にあると思いますが、異民族との交渉が比較的少なかった
日本列島一万年の土壌に、輸入され、そして熟成されたようにおもいます。

尺八・本曲の演奏について

普化宗の禅とおなじ、経を唱えるように吹くなどといわれます。
先日、弓道をとりあげたNHKテレビ番組をみておもったことがあります。
初心者と達人の脳波を測定した。
初心者は起伏が大きく特に弓を放つときに大きかった。
的にあてることを意識する。
達人は常に一定であった。
呼吸、型、精神統一
いつもどおりにおこなうと的にあたる。
暗闇で的がみえなくてもあたった。
心の状態が結果にあらわれるようだ。

尺八の本曲演奏にも共通するのではないでしょうか。
感情移入する演奏法ではない
しかし感情を抑えるのではなく、
心を「空」にする
現象をあるがままに受け止める、「色」(我)をつけない。

本曲では自然をテーマにした曲が多い
自然の景色・現象・表情・雰囲気をあるがままに表現するのではないでしょうか。そのままが美しい。
正座して、心を落ち着かせ、礼に始まり、礼に終わる

書道、茶道などにも共通するようにおもいます。
茶室の掛け軸や生け花は、茶室の外の自然に調和して、一体となっているようにみえます。 自己主張してないようにみえます。

武道のような相手のある場合「己に勝つ」と、よく耳にします。
試合の勝敗にとらわれるのではなく
相手をしていただいたうえで、無欲になり己の技を表現できたかが重要な問題なのだとおもいます。

このばあい対戦相手は感謝の対象になる。

日本伝統の習いごとは、師範をまねることが稽古の方法である、
あまり理屈をこねない、とにかく型が身につくまで稽古する。

2010年2月14日日曜日

うさぎの養鶏所 Poultry farm by a rabbit

アリマスアリマス ウサギノ ヨウケイジョ

70歳をすぎた母がよく使っている。

居心地の悪い事象に遭遇したときなどに、間をつないだり、気分を変えるために使う呪文。

由来を聞くと、むかし知り合いの少し頭の弱いおじさんが口癖にしていたそうだ。

ありえないこと、受け入れたくないことがおきたときに、先に進むための呪文かなと私はおもっている。